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創立140周年を迎え

次代に向けて。

新島襄は、冒険的で大胆な面と、緻密で慎重な面を併せ持った人物でした。鎖国の世に国禁を犯してアメリカに渡り、当時の立身出世の規範に反して政府(文部省)での勤務を断り、仏教や神道の中心地たる京都でキリスト教に基く同志社英学校を開校しました。また、アメリカでは日本からの留学生として、帰国後の日本ではクリスチャンとして、それぞれマイノリティの立場を経験しました。このように、時代の価値規範を超えて生きた姿に感銘を受けます。新島の生きた幕末から明治期は、グローバル化が進み外圧の高まった時代です。そして今、政治、経済、文化などが複雑に絡み合う新たなグローバル化を迎える中、新島襄の生き方を知ることは、われわれにとって人生のひとつの座標軸になるものです。
同志社大学は、建学の精神である「良心教育」を実現するため、「キリスト教主義」「自由主義」「国際主義」を教育理念に掲げてきました。解釈は時代とともに変化するものであり、そのためにはこれらの理念が成立した約100年前と、現代の時代背景の相違を考察する必要があります。当時急速に進んだ物質的な近代化に対し、「キリスト教主義」は、精神的な近代化を模索したものでした。現代では物質的な繁栄を越えて、政治と宗教、科学と倫理などの関係再考が世界的にも大きな課題となっています。「自由主義」は、言語の自由が制約されていた時代を反映しており、翻って現代は行動、言動を束縛されることがほとんどありません。しかし行動が自由でも発想が硬直していては、自由とはいえない。求められているのは、既成概念や自分自身を疑う健全な懐疑精神であり、主体的な「自由主義」ではないでしょうか。さらに「国際主義」は、当時の国粋主義に対置するものでしたが、現代のグローバル化に求められるのは、多様性を尊重する感性です。キリスト教やイスラム教は日本では少数派ですが、世界では多数派です。英語が話せても、宗教に無知であればグローバルとはいえません。同志社大学は首都・東京とは異なる価値観や視点を育む京都にあって、キャンパス内に教会があり、讃美歌や礼拝などを通じて日常的に宗教と接する機会があります。まさに多様な価値観を受容するトレーニングの場でもあるのです。
2025年に同志社大学は創立150周年を迎えます。政治、経済、科学に及ぼす宗教の大きな影響を見るにつけ、宗教についての一定の理解や感受性を身につける教育の重要性を感じます。また、現代はグローバル化や変化のスピードが速く、専門的な知識や技術は瞬く間に過去のものとなってしまいます。このような時代には、人間として生きていく上で必要な批判的な思考力、専門の壁を超えた発想や考え方など、普遍的な姿勢を学修した人間の方が強いのではないか。そのために今こそリベラルアーツ(教養教育)の重要性を再確認し、質の高いプログラムを再構築しなければならないと強く思っています。それこそが3つの理念を現代に顕現する道であると信じるからです。

学長 村田 晃嗣